鍵はどこ?財布が見つからない。さっきまで手に持っていたスマホはどこへ?――ADD(注意欠如障害)、特に不注意優勢型の特性を持つ人にとって、物をなくすことは日常茶飯事です。
探し物に費やす時間は、1日のうちで決して少なくありません。約束の時間に遅れる、大切な書類が見つからない、そんな経験を繰り返すたびに自己嫌悪に陥ります。しかし、これは性格の問題ではなく、脳の特性によるものです。
今回は、不注意特性のある人が物をなくさないための「見える化」収納術を具体的に解説します。
なぜADDの人は物をなくしやすいのか
まず、物をなくす背景にある脳の特性を理解しましょう。
注意の持続が困難
不注意優勢型ADDの人は、一つのことに注意を向け続けることが難しく、すぐに他のものに気が逸れます。物を置く瞬間に別のことを考えていると、どこに置いたか記憶に残りません。
ワーキングメモリの弱さ
「これをここに置く」という情報を短時間保持するワーキングメモリが弱いため、物を置いた直後でも場所を忘れてしまいます。
視覚的な注意の偏り
視界に入っていても、注意を向けていない物は認識できません。目の前にあるのに「見えていない」状態が頻繁に起こります。
整理整頓の優先順位の低さ
「物を定位置に戻す」という行動が、脳の中で重要な優先事項として認識されにくく、後回しにされて結局忘れられます。
「見えない=存在しない」問題への対処
ADDの人にとって、見えない場所にしまった物は存在しないのと同じです。この特性を前提に収納を考える必要があります。
扉や引き出しを使わない
クローゼットの扉、机の引き出し、収納ボックスの蓋など、物を視界から遮るものは極力使いません。扉があると開けることを忘れ、中に何があるか認識できなくなります。
既存の収納に扉がある場合は、外してしまうか、常に開けっぱなしにする運用を検討します。
オープンシェルフを基本にする
壁面に設置するオープンシェルフを収納の中心に据えます。すべての持ち物が一目で見渡せる状態を作ることで、物の存在を認識し続けられます。
透明な容器を選ぶ
どうしても容器に入れる必要がある場合は、透明または半透明のプラスチックケースを使います。外から中身が見える状態を維持することが重要です。
壁面収納を活用する
フック、マグネットボード、有孔ボードなどを使い、物を壁に掛ける収納を増やします。平面に並べるより、立体的に配置した方が視覚的に認識しやすくなります。
よくなくす物別の対策
特になくしやすい物について、具体的な対策を考えます。
鍵の管理
玄関ドアのすぐ横にフックを設置し、そこに掛ける習慣をつけます。ドアを開けたらすぐ手が届く位置にあることが重要です。
鍵にキーホルダーや大きめのタグをつけて、視覚的に目立たせる工夫も効果的です。明るい色や特徴的な形のものを選びましょう。
キーファインダー(音で場所を知らせる装置)を付けておくと、最終手段として探せます。
財布とスマホ
帰宅したら必ず置く場所を一箇所決めます。玄関やリビングの目立つ場所にトレイを置き、そこを定位置にします。
スマホには落下防止リングやストラップをつけて、置いた時に立てかけられるようにすると、視覚的に見つけやすくなります。
充電器の場所を固定し、充電する場所=定位置にするのも有効です。
眼鏡
使う場所ごとに眼鏡ケースやスタンドを設置します。寝室、リビング、洗面所など、よく外す場所すべてに置き場所を作っておくと、探す手間が減ります。
眼鏡チェーンを使って首から下げておく方法も、なくす頻度を大幅に減らせます。
リモコン類
テレビやエアコンのリモコンは、使う場所の真横に専用の置き場を作ります。ソファの肘掛けにカゴを設置する、テレビ台に仕切りを作るなど、使い終わったらそこに戻す動線を作ります。
リモコンホルダーを壁に設置し、掛ける収納にするのも効果的です。
書類や郵便物
玄関近くに書類専用のトレイを設置し、帰宅したらすぐそこに入れる習慣をつけます。重要度に関わらず、まずはそこに集約することが重要です。
週に1回、トレイの中身を確認して仕分ける時間を設けます。デジタル化できる物はスキャンして、紙は処分していきます。
色と形で識別する工夫
視覚的な手がかりを増やすことで、物の認識率を上げます。
カテゴリーごとに色を決める
仕事関連は青、趣味は赤、日常生活用品は緑など、物のカテゴリーごとに色を割り当てます。収納ボックス、ファイル、ラベルなど、すべて統一した色にすることで、パッと見て判断できます。
形状で差別化する
同じような物でも、形や大きさが違うと識別しやすくなります。例えば、複数のUSBケーブルがある場合、それぞれ異なる色や長さのものを選ぶと、どれがどれか分かりやすくなります。
目印をつける
物に目立つステッカーやタグをつけます。自分の物だと一目で分かる目印があると、他の物に紛れても見つけやすくなります。
ラベリングの技術
ラベルは、ADDの人にとって強力なツールです。
文字は大きく、簡潔に
小さな文字のラベルは読む前にスルーしてしまいます。大きめのフォントで、一言で内容が分かるラベルを作ります。
「文房具」ではなく「ペン」「ノート」など、より具体的な言葉を使います。
写真ラベルを活用する
中身の写真を撮ってラベルとして貼り付けます。文字を読むより、写真を見る方が瞬時に内容を把握できます。
スマホで撮影してプリントするだけなので、手間もかかりません。
色付きラベルを使う
白いラベルより、色付きのラベルの方が目を引きます。蛍光色や原色など、はっきりした色を選ぶと、パッと目に入ります。
配置の基本原則
物の配置にもルールを設けます。
使う場所=置く場所
理想的な配置ではなく、実際に使う場所のすぐそばに物を置きます。歯ブラシは洗面台、爪切りはリビングのテーブル近く、充電器はベッドサイドなど、動線に沿った配置を優先します。
高さは目線から腰まで
床に近い場所や天井近くの棚は、視界から外れやすく存在を忘れます。目線から腰の高さまでの範囲に、よく使う物を集中させます。
動線上の目立つ場所
部屋の隅や家具の裏側ではなく、動線上の目立つ場所に収納スペースを作ります。毎日必ず通る場所に物があれば、存在を忘れにくくなります。
デジタルツールの活用
物理的な工夫に加えて、デジタルツールも役立ちます。
写真で記録する
「これをここにしまった」という瞬間を写真に撮って記録します。後で探す時に、写真を見返せば場所を思い出せます。
季節物や年に数回しか使わない物は、写真と共に場所をメモしておきます。
持ち物リストを作る
自分が何を持っているか、リスト化しておきます。定期的に見返すことで、持っている物の存在を思い出せます。
スマホのメモアプリやEvernoteなど、いつでも確認できるツールを使います。
タイルメイトなどの追跡装置
財布、鍵、バッグなど、よくなくす物には追跡タグを付けておきます。スマホから音を鳴らして場所を特定できるので、最終手段として有効です。
仕組みを維持するコツ
作った仕組みを続けるための工夫も必要です。
完璧を求めない
すべての物を完璧に管理しようとすると、途中で疲れて投げ出します。まずは頻繁になくす物だけに絞って対策し、徐々に範囲を広げます。
定期的な見直し
月に1回程度、仕組みが機能しているか確認します。使いにくい場所があれば、すぐに変更します。
物を減らす
根本的に、持ち物が少なければなくす確率も減ります。本当に必要な物だけを残し、使わない物は処分していきます。
環境全体を味方にする
ADDの特性に合わせた環境を作ることは、自分自身との戦いではなく、脳の働き方を受け入れて環境を調整することです。
物をなくすことで自分を責める必要はありません。見える化を徹底し、認識しやすい環境を整えることで、探し物に費やす時間は確実に減らせます。
自分の脳の特性を理解し、それに合わせた工夫を続けることが、快適な生活への近道です。
以下の記事でも発達障害と片付けができないことについて、詳しく解説してありますので参考にされてください。
